ショーロ ブラジル伝統音楽と楽器
登録日:2012年11月30日
ショーロ
ブラジル伝統音楽ショーロの歴史と
ブラジル音楽に欠かせない楽器をご紹介
「ショーロ」はブラジルで一番古い都会的なポピュラー音楽と考えられている。19世紀中頃にブラジルの当時の首都リオデジャネイロで生まれた。ポルトガル大航海時代の1500年、インドを目指して航海していたPedro Alvares Cabralが漂着して以来、ヨーロッパ人によって連れてこられたアフリカ人奴隷、そして原住民インディオたちでブラジルという国が形成されていく。19世紀初頭には、フランス軍の進入によりポルトガル宮廷がリオへ遷都、それによってヨーロッパの音楽や楽器がブラジルへもたらされ、多くの演奏家が海を渡った。その後、1822年にポルトガルから独立、1888年には奴隷の解放、翌年1889年には帝政から共和制へと移行した。
同じ土地で、原住民インディオ、植民者ヨーロッパ人、そしてアフリカ奴隷、それぞれが自分たちの文化の中で生きていた時代から、一つの国としてまとまろう とする時代へ。そんな動きの中、人々はみなで共通の文化を持ちたいと思うようになっていく。
インディオの持つもの悲しい旋律、ヨーロッパ音楽の持つメロディ、リズムそして豊かなハーモニー、そしてアフリカのリズム、それらを掛け合わせて出来たのが「ショーロ」。ここに、ブラジル史上初めての、すべてのものに共通する音楽が誕生した。
19世紀後半には自作自演をするショラゥン(ショーロの演奏家)がたくさん現れるようになり、かれらの大半は公務員だったと言われる。余談であるが、たった50年足らずの歴史しか持たないブラジリア(現在の首都、人工的に作られた都市)にショーロが早々と根付き、優秀な演奏家を輩出しているのは、遷都のためブラジリアへ転勤になったショラゥン公務員達が、引き続きブラジリアでショーロを楽しんだからだと言う。
その後リオデジャネイロでは、20世紀に入ってサンバが生まれ、半ば頃にはボサノヴァが生まれる。しかし生誕から150年の間、ショーロはその灯火を絶やすことなく、21世紀の現在まで、常に新しい演奏家や作曲家を輩出しながら発展している。
楽器および構成
① カヴァキーニョ Cavaquinho
4本の鉄弦(D-G-B-D)で、ピックを使って演奏する。ハーモニーはもとより、かなり打楽器的なリズムを刻む。音域が小さいのでレパートリーに限りが あるが、メロディを演奏する事もある。(Waldir Azevedo, Paulinho da Viola, Luciana Rabelloなど)
②バンドリン Bandolim
4ラインの複弦(G-D-A-E)。ヨーロッパのマンドリンの裏側が平坦になり、ブラジル風になったと考えられる。主にメロディを演奏するが、カヴァキー ニョと同じようにリズムを刻むことも可能。(Pedro Amorimなど)兄弟楽器で調弦が5度低いテナーギター(Violão Tenor)がある。
③フルート Flauta
クラシック音楽でよく使われるフルートは日本でもおなじみ。ショーロは19世紀中頃、フルート音楽として芽生えた。その頃海の向こうのヨーロッパでは、技巧的なフルート音楽が流行っていた時代。ショーロへの影響が大いにあったと考えられる。
④ ギター Violão
日本ではクラシックギターとして馴染みのある6弦ギターと、低い方に一弦多い7弦ギターと2台のギターを使うことが多い。7弦が低音域で独特の対旋律を奏でるのに対し、6弦はハーモニーとリズムを中音域で演奏し、カヴァキーニョと7弦との音域の隙間を埋める役割をする。
⑤パンデイロ Pandeiro
タンバリンに似た打楽器。ヘジョナウ編成で使われる打楽器はパンデイロが中心。似ていてもタンバリンとは作りも違うし、奏法も全く違う。アラブ起源。
熊本尚美 Naomi Kumamoto
(ショーロフルーティスト、作曲家)
大阪教育大学特設音楽課程フルート専攻卒業。その後、ショーロに魅せられ2000年に渡伯しショーロを学ぶ。また、日本においてもショーロ・フル-ティストとしての活動を開始する。
2004年から拠点をリオデジャネイロに移し、ライブ、レコーディング活動とともに後進の指導にもあたる。同時に日本各地でも定期的にライブやワークショップを行う。
熊本尚美さんのホームページ
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2023年3月6日
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